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【2007年7月4日】 | |||
テーラー職人、仕立てます──70歳ベテラン、後進の指導に汗(7月4日) | |||
「お尻の膨らみに合うようなズボンの形にするには、裁断で余分にとってある布をアイロンで織り目に対してななめ方向に伸ばし、立体的にしていくんですよ」。大阪市中央区のビジネス街の一角。オフィスの明かりも消え始める午後7時ごろ。集まってきた生徒10人余りに岡本さんは身ぶり手ぶりを交えながら、基本技術の1つ「くせとり」を説明する。 生徒は婦人服店のオーナー、百貨店の注文服売り場の社員、テーラー開業を目指すフリーター、老舗テーラーの4代目など経歴も年齢も様々。レベルも初心者から国家試験の技能士を目指す生徒まで幅広い。針や製図用具、アイロンを片手に、与えられた課題に取り組む生徒1人ひとりを回ってアドバイス。みな真剣だが、岡本さんのソフトな語り口もあり、教室内はリラックスしたムードで笑いも漏れる。 昼と夜に開いている教室に最低でも1年間通えば、デザイン、型紙、縫製など紳士服作りを一通り学ぶことができる。「デザインはたくさん書いたが、アイロンの使い方をはじめ、実務に必要な技術は全く教えてくれなかった」。生徒の1人で、専門学校にも通ったこともある森田信也さん(30)はベテランならではの丁寧な指導ぶりをこう評価する。 既製服の普及でめっきり仕立屋が減り、テーラー職人養成機関は全国でも神戸市が2000年に始めた「神戸ものづくり職人大学」と、注文服店の銀座テーラー(東京)が昨春開設した「日本テーラー技術学院」ぐらいという。「個人で教えているのは全国で私だけかもしれない」 神戸出身の岡本さんは、1960年ごろにテーラー業界の大御所だった故杉山静枝氏の最晩年に薫陶を受けた後独立。仕立ての仕事はほとんど受けず、後進を育てたいと職人の先生を50年近く本業としてきた。教え子は約5000人に上る。 昔ながらの技術をそのまま教えればいいという考えにはくみしない。「既製服が普及したのは値段の安さだけでなく、求める機能やデザインを上手に絞り込みコストを抑えることができたから」。生き残っていくには理論を身に付けることが大切と考え、生徒には「なぜその作業が必要なのか」を重視して教え込む。 注文服は通常1着30万円以上はするが、再び市場を開拓するには作業の簡略化や低価格化も必要。ベテランの職人が、伝統だからというだけで、煩雑な製作工程を続けている姿に反発も感じてきた。「顧客の要望に応じ省ける作業と省けない作業を見極められるようにならなければならない。理論はそのためのツール」と作業工程の簡略化の必要性も指摘する。 「昔の徒弟制度のような乱暴な教え方はできない」。教える順番も針の操り方など地味な基本作業からではなく、型紙作りなど、ものづくりを体感できる作業から始める。生徒の1人の永井純さん(44)も「初めての時には実際に洋服ができていく過程に感動しましたね」と話す。 長期低落が続いてきたテーラー業界。岡本さんは将来への希望を捨てていない。衣料品製造の中国などへの海外移転の流れには逆らえないが、テーラーメード商品はなお一定の需要があり、国内で大手百貨店の注文服売り場やアパレルメーカーの企画部門などに紳士服作りを熟知している職人は不可欠。「職人の高齢化が進み60代が中心で中堅以下が全く抜け落ちている。このままいけば職人は希少価値になる」とみる。 技術を取得しようとする生徒たちの真剣なまなざしを目の当たりにし、職人を目指す若者の情熱にも頼もしさを感じている。「朝晩バイトで夕方に教室。遊びもデートもせずに修業一筋の人もいる。仕事に就かないニートが問題になっている同じ国の若者とは思えない」 衣料品でも今や「世界の工場」となっている中国に、岡本さんは80年代後半に長期の技術指導に行ったことがある。「生徒の優秀さと熱心さに驚いたが、夕方に作業が終われば定刻通りに帰って行く。あくまで仕事で、自主的に何かやろうという感じではなかった」。 たとえ経済発展を遂げた現在の中国の労働者と比較しても、職人への道を究めようとする日本の若者たちの技術吸収への貪欲(どんよく)さはひけをとらないと考えている。 国内では、景気の回復や消費の成熟化などを背景に、洋服や靴などの特注品がブームとなっている。注文品を意味する「ビスポーク」という言葉も徐々に広がってきた。「風向きは変わってきた。あとは会社や社会が職場や制度を整備し、ものづくりに真剣に取り組む若者を、しっかりと受け止めるような仕組みをつくってほしい」。仕立てをこれからも発展する技術として伝えていきたいという思いは人一倍強い。 (大阪経済部 桝渕昭伸) |
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